【レビュー№2】韓国エッセイ『あたしだけ何も起こらない』第5話~女性を語った女心を僕はどう受け止めたらいいのだろう?

2021年6月11日、キネマ旬報社から発売された韓国翻訳エッセイ『あたしだけ何も起こらない』。

先日、僕もレビュー記事「100年人生、40代はまだレコードのA面。B面ではどんな音色を奏でよう!」を投稿させていただいた。

 

全体を通して、上記レビューのタイトルのような印象、本書のキャッチコピー「“その年”になったあなたに捧げる日常共感書」という肯定的なメッセージを受け取った。

そんな中でも、唯一どう受け止めていいか戸惑っているのが第5話「誰にでも輝いていた時期がある」なんです。

 

次のようなシーンから始まる。

地下鉄の中で、仰々しい色に髪を染め、ヒョウ柄のミニスカートと網タイツを穿いて、ばっちり着飾った女を見た。

尋常ではない様子を思わずちらちら盗み見ていたそのとき、くるりと振り返った彼女は驚くべきことに60は超えているように見えた。

 

その後、彼女はさらに驚くべき行動を取った。

「ダーリン、早く私に会いたいのね?
 待ってて~、今向かってるところよ~」

 

人々が苦笑いや、くすくす笑いする中、筆者はふとフランスの女優ブリジッド・バルドーを思い出す。

若い頃は美しい容貌で大衆に愛されていた彼女が、時が流れるにつれて毒々しく老いていく姿を見ながら感じた切なさと同じものを、目の前にいる女性に対して抱いた。

 

60代女性が幸せそうに電話している姿を見て、「毒々しく老いていく姿」となぜ重ね合わせたのか?

その場に居合わせなかった僕にはよく分からない。

そういう女性の姿を見かけたとき僕が重ね合わせるのは、例えば八千草薫だったり、岸恵子だったりする。

その岸恵子はかつてこう語った。

「年齢は7がけ。『若く見える』のではなく『若い』んです」と。

 

以前、僕はこんなツイートをした。

「同じマンションに住む93歳のおばあさんとは仲良し。
 会うたびリンゴやお菓子をくれたり、
 2人でカフェでお茶したり。

 大家と店子という関係ではないけど、
 NHKアニメ『大家さんと僕』を見るたびなんか似てるなって」

もしも「100年人生」としたら、93歳は残りわずかかもしれない。

腰は曲がり、指も少し不自由だ。

それでも毎日、口紅を塗り、お化粧して着飾って買い物に出かける。

そんな姿を見ながら、「若さへの執着」などではなく、「乙女の心」とは「魂のピュアさ」。

そう僕は感じている。

 

 

第5話の後半、筆者は冷静に自らを顧みる。

私もまたこんなふうに1年ずつ、年を取ることを否定して自己正当化していたら、60歳になっても空気の読めないワンピースを着ているおばあさんになってしまうのではないだろうか。

 

誰しも、最も明るく輝いていた美しい時期に留まりたいと願う。

しかし歳月は、私たちを一カ所に留まらせてはくれない。

 

普通の人であれば、扱いづらくなって持て余し、少しずつ捨てていくものを彼女は頑なに背負っていくだけなのだ。

ただ彼女らしい生き方をしているだけなのだと考えてみる。

そして、私がすでに捨ててしまったものは何なのかについて、じっくり振り返ってみる。

 

確かに「年を取ることを否定」という老いに抗う気持ちもあるかもしれない。

「誰しも、最も明るく輝いていた美しい時期に留まりたい」という気持ちもあるかもしれない。

でも、「乙女心や『最も明るく輝いていた美しい時期』の記憶も大切にしながら、自分らしく年を重ねている」ってとらえたら、「100年人生」の世界がもっとステキに見えてくるのにとも思う。

 

 

この第5話について、Yahoo!ニュース記事を読んだ。

年を取るにつれ、どうしても固執しやすい“他人がどう思うか”、という考えに縛られていたことにはっとして、周囲がどう思うのではなく、“自分はどう生きたいのか”に、真剣に向き合おうとしている著者の気持ちが溢れている。

 

確かに著者の真剣な気持ちは伝わってくる。

僕は女性の気持ちの表層的なところしか読み取れていなかったのかもしれない。

同性について語る女心は、きっと男の僕が思う以上に複雑なんだと思う。

理解できない部分があってもよしとすべきなんだとも思う(分かったつもりが一番危うい)。

 

やはり、この第5話の電車内の話にだけこだわるべきではない。

本書の最後に “新たな恋への決心” に至った全24話のエピソードの一つとして受け止めるべきだろう。

「最初から傷つくことを恐れていたら、私の人生には何も起こらないだろう。そんな人生ははたして幸せだろうか? それもまた分からない。でも、たとえばレコード盤に刻まれた細い溝の凸凹に沿って針が振動し、音楽が再生される。経験によって作られる傷跡を恐れていたら、私の人生を彩る賑やかな思い出のメロディを聴くこともできないに違いない」(P224)

「だから私は決心した。
 また失って、転んで
 傷つき挫折して、死ぬほどつらいとしても
 また恋をしようと・・・・」(P225)

 

第5話は「レコード盤に刻まれた細い溝の凸凹」の一つにすぎないだから。

 

女心の理解が未熟な僕に、貴女(あなた)の感想もぜひ教えてほしい!

 

 

書籍情報

出版社 ‏ : ‎ キネマ旬報社

発売日 ‏ : ‎ 2021/6/11

言語 ‏ : ‎ 日本語

単行本 ‏ : ‎ 229ページ

 

著者・訳者プロフィール 

[著者] ハン・ソルヒ

1976年生まれ。脚本家、作家。2007年~2019年にわたってシーズン17まで放送されているtvNの最長寿ドラマ『ブッとび!ヨンエさん』の脚本を手がけ、30代独身女性イ・ヨンエの日常をリアルに描いて好評を博している。『悲しき恋歌』(2005)、『アンニョン!フランチェスカ シーズン3 』(2005~2006)、『テヒ、ヘギョ、ジヒョン』『3 人の男』(共に2009)、『まるごとマイ・ラブ』(2010~2011)などの脚本にも参加。

 

[訳者]藤田麗子(ふじた・れいこ)

フリーライター&翻訳家。中央大学文学部社会学科卒業後、韓国エンタメ雑誌、医学書などの編集部を経て、2009年よりフリーランスになる。韓国文学翻訳院翻訳アカデミー特別課程第10期修了。訳書に『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(ダイヤモンド社)、『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(大和書房)、『宣陵散策』(クオン)、著書に『おいしいソウルをめぐる旅』(キネマ旬報社)などがある。