【レビュー】韓国エッセイ『あたしだけ何も起こらない』~100年人生、40代はまだレコードのA面。B面ではどんな音色を奏でよう!

2021年6月11日、キネマ旬報社より韓国翻訳エッセイが同時刊行された!

『あたしだけ何も起こらない』(ハン・ソルヒ著/藤田麗子訳)と『僕だって、大丈夫じゃない』(キム・シヨン著/岡崎暢子訳)の2冊だ。

今回のレビューでは、『あたしだけ何も起こらない~ “その年”になったあなたに捧げる日常共感書』についてご紹介する。

 

頑張っているあなたにエールを送る『あたしだけ何も起こらない』

 

『あたしだけ何も起こらない』はコスメショップのエピソードから始まる。

「『76年生まれですが・・・・』

すると、店員は間違いなく私の手の中のリップグロスを優しくも断固とした手つきで奪い取り、『(その年齢なら)こちらのほうがよくお似合いになるはずですよ』と言いながら、もっと高いリップグロスを差し出すのだ」(P13)

 

そして “その年” のプレッシャーを感じる。

「あれほど遠く、高いところにあるように思えていたその年になったのに、私は今も同じ場所でかろうじて踏ん張っているだけである」

「走っている途中に転んでもそれだけで済んだ過去の日々とは違い、“その年”に達した私は何らかの結果を出さなければならないようだ」(P13)

この焦燥感・・・ふと僕の頭の中にはスガシカオの名曲『夜空ノムコウ』が流れた。

「あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ 全てが思うほど うまくはいかないみたいだ」

 

「他人の目から見れば」「他人の目から見れば」「他人の目から見れば」・・・まるで “人間失格” のような絶望的な気分を味わうが、 そんな “世間の目” に対して “自分目線” で逞しく人生を見つめ直す筆者。

「他人の目から見れば、私はこの年齢にふさわしいお金を貯められていないかもしれない。他人の目から見れば、自分で開設した積立預金口座が一つもないのは情けないことかもしれない。他人の目から見れば、年相応ではないファッションセンスに軽薄なロングヘア、健康診断も受けずにしょっちゅう酒を飲む私はどうしようもない人間かもしれない」

「でも、それがどうした?

文字通り、中間決算。

結論はまだ出ていない」(P125)

 

そして飛び出した名言がこれだ。

「100年人生における40代なら、私たちはまだ、駄々をこねてもいい年齢なのだから」(P135)

 

エッセイの後半、失恋の「喪失感と孤独、謎の怒り」に苦しむ筆者が家への帰り道、こんなシーンに遭遇する。

「路上でスケートボードをする若者たちを見た。勢いよく乗って、地面にバタンと倒れる姿を見ているうちに思い出したことがあった。中学校の頃だったか、少しだけインラインスケートを習っていたが、派手に転んですぐにやめた記憶だ」(P223)

 

そして、幾多の喜びだけでなく、幾多の悲しみによって “世界に一枚だけのレコード盤” に豊かな音色が刻まれることに気づく。

「最初から傷つくことを恐れていたら、私の人生には何も起こらないだろう。そんな人生ははたして幸せだろうか? それもまた分からない。でも、たとえばレコード盤に刻まれた細い溝の凸凹に沿って針が振動し、音楽が再生される。経験によって作られる傷跡を恐れていたら、私の人生を彩る賑やかな思い出のメロディを聴くこともできないに違いない」(P224)

 

「だから私は決心した。

また失って、転んで

傷つき挫折して、死ぬほどつらいとしても

また恋をしようと・・・・」(P225)

 

レコード盤のたとえ話を読みながら、大滝詠一の曲『A面で恋をして』を思い出した。

ちょうど2021年現在の40歳が生まれた1981年に発売された曲だ。

A面で恋をして
ウインクのマシンガンで
ぼくの胸 打ち抜いてよ No…

A面で微笑んで
ドーナツ盤の上で
クルクル躍るよ ジルバ a hey…

 

そう、僕たちはまだレコードのA面上でダンスの途中、そして未完のメロディー。

さぁ、B面ではどんな恋をして、どんな音色を奏でよう!

 

 

 

 

書籍情報

出版社 ‏ : ‎ キネマ旬報社

発売日 ‏ : ‎ 2021/6/11

言語 ‏ : ‎ 日本語

単行本 ‏ : ‎ 229ページ

 

著者・訳者プロフィール 

[著者] ハン・ソルヒ

1976年生まれ。脚本家、作家。2007年~2019年にわたってシーズン17まで放送されているtvNの最長寿ドラマ『ブッとび!ヨンエさん』の脚本を手がけ、30代独身女性イ・ヨンエの日常をリアルに描いて好評を博している。『悲しき恋歌』(2005)、『アンニョン!フランチェスカ シーズン3 』(2005~2006)、『テヒ、ヘギョ、ジヒョン』『3 人の男』(共に2009)、『まるごとマイ・ラブ』(2010~2011)などの脚本にも参加。

 

[訳者]藤田麗子(ふじた・れいこ)

フリーライター&翻訳家。中央大学文学部社会学科卒業後、韓国エンタメ雑誌、医学書などの編集部を経て、2009年よりフリーランスになる。韓国文学翻訳院翻訳アカデミー特別課程第10期修了。訳書に『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(ダイヤモンド社)、『簡単なことではないけれど大丈夫な人になりたい』(大和書房)、『宣陵散策』(クオン)、著書に『おいしいソウルをめぐる旅』(キネマ旬報社)などがある。